クイーン

クイーンの名曲ランキング(米ビルボード誌選出)

クイーン(Queen)の名曲ランキングです。米ビルボード誌が2018年に選んだベスト25の曲名と解説。Youtube(ユーチューブ)の動画付きです。1位は「ボヘミアン・ラプソディ」、2位「アンダー・プレッシャー」、3位「ウィ・ウィル・ロックユー」。おすすめの曲、泣ける曲、有名な曲などがバランス良くランクインしています。~MOVE編集部

トップ1011~20位21~25位26位以下ページの先頭↑

1位~10位

順位 曲名と発売年月 解説
「ボヘミアン・ラプソディ」
(Bohemian Rhapsody)

1975年10月 ボヘミアン・ラプソディ

【動画】
動画(ライブエイド)→

公式ビデオ→

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の予告編→




【収録アルバム】
収録アルバム「オペラ座の夜」試聴(Amazon)→
音楽の歴史に残る芸術的なロック。 2002年にギネスが英国で行った「史上最高の曲」を選ぶ投票で1位に輝いた。(2位はジョン・レノン「イマジン」、3位はビートルズ「ヘイ・ジュード」)

自伝映画の題名になるだけあって、クイーンを象徴する歌でもある。 冒頭のアカペラから始まり、ピアノ演奏によるバラード、得意のコーラス・ハーモニーによるオペラ、そしてハードロックと、 6分の間に異なるジャンルのサウンドがダイナミックに展開される。 まさに唯一無二の独創性。 「音楽のジャンルを超越したい」「今までにない曲をつくりたい」というクイーンの熱意の結晶といえる。 1970年代前半に発展した実験的な音楽ジャンル「プログレッシブ・ロック」の到達点とも言われる。

フレディ・マーキュリーの哀切に満ちたドラマチックな歌唱が光る。 解放感へと導くブライアン・メイのギターソロも見事。

作曲・作詞はフレディ。 クイーンが発足する前の1960年代後半から曲を書き始めたという。 歌詞は「お母さん、僕、人を殺しちゃった(Mama, just killed a man)」という衝撃的な男の告白を軸にしている。 フレディの深層心理を写し出したかのような内省的な内容だが、真の意味についてはフレディを含めメンバーから詳しい解説はない。 曲の中盤の「ガリレオ、ガリレオ」というフレーズも超有名。

母国イギリスでバンド初の1位を獲得するなど、世界的なメガヒットとなった。 フレディが亡くなった1991年にもリバイバルで各国のチャート上位にランクインし、英国で再び1位に返り咲いた。 さらに、2018年の映画「ボヘミアン・ラプソディ」の大成功を受けて再び売れた。 2019年現在、英国史上3番目のシングル販売枚数を誇っている。

発売当初は、音楽評論家のレビューは賛否両論だったが、 年数を重ねるにつれて評価が高くなった。

4枚目のアルバム「オペラ座の夜」に収録された。 このアルバムは、 「クイーンならではの華麗なハード・ロック・サウンドが完成された」(評論家・渋谷陽一)、 「クイーン美学が完成した」(東郷かおる子)など、歴史的な評価を得ている。
「アンダー・プレッシャー」
(Under Pressure)
共演:デビッド・ボウイ

1981年10月 アンダー・プレッシャー

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ホット・スペース」試聴(Amazon)→
1970年代から80年代初頭にかけて伝説的な活躍をした歌手デビッド・ボウイとの共作。 ボウイがクイーンの別の曲のコーラスとしてレコーディングに参加していたときに、 スタジオで即興演奏(ジャム・セッション)をしながら、5人(ボウイとクイーンの4名)でわいわいガヤガヤと作ったという。

曲の冒頭から繰り返される「デン、デン、デン、デケ、デン、デン」というベースの音が強烈な印象を与えており、 音楽史上最も有名なベースラインの一つとなっている。 1991年に全米1位の大ヒットとなった白人ラッパー、ヴァニラ・アイスの「Ice Ice Baby」において、このベースラインがモロに使用されたことから、再び脚光を浴びることとなった。 (これはヴァニラ・アイスによる無断借用だったが、裁判を経て、クイーンとボウイが作曲者として名を連ねるようになった。)

フレディ・マーキュリーとデビッド・ボウイのボーカルの掛け合いも見事で、 フレディの高い声とボウイの低い声が完璧にハマっている。 クイーンのライブでも定番の曲となった。(ツアーではフレディが1人で歌っていた)

歌詞の内容については「重圧に押しつぶされそうになりながらも、最後は愛によって克服していく」というメッセージだと解釈されている。 作詞についてはボウイが中心的な役割を果たしたという。

米ローリング・ストーン誌が2011年に読者投票によって選んだ「音楽史上で最も偉大なコラボ曲」のランキングにおいて、 堂々の2位に選ばれた。(1位はマライア・キャリーとボーイズ・ツー・メンの共作「One Sweet Day(1995年)」)

この曲が発売された半年後、クイーンはディスコ音楽を大胆に取り入れた新作アルバム「ホット・スペース」をリリース。 この曲も収録された。
「ウィ・ウィル・ロック・ユー」
(We Will Rock You)

1977年10月 ウィ・ウィル・ロック・ユー

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→

歌唱:アダム・ランバート(2015年、ロック・イン・リオ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「世界に捧ぐ」試聴(Amazon)→
魂を鼓舞するクイーンの定番。 ロックのスピリットがストレートに表現されており、いわゆる典型的な「アンセム・ソング」である。 スポーツイベントで会場を盛り上げる曲としても、世界中で使わている。 また、テレビや映画でシーン盛り上げるBGMとして使用されることも多い。

最後の30秒はギターソロだが、 それ以外は楽器を使わず、メンバーが床を踏む音と拍手(クラップ)する音で構成されている。 カウント1と2が床、カウント3が手、カウント4が休みで、 「ドン・トン・パッ」という印象的なリズム音が胸に響く。

シングル「伝説のチャンピオン」のB面、あるいは国によって両A面として発売された。 フランスで1位となったほか、その後も世界各地でロングセラーを記録することとなる。

クイーンのライブでもお馴染みとなった。 観客が床踏みとクラップをし、 「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と合唱するお決まりのパターンが定着する。 主にアンコールで使われ、この曲の後に間隔を置かずにそのまま「伝説のチャンピオン」へと続き、 最後にイギリス国家「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」で締めくくる、というのが黄金の流れだった。 1980年代中盤になると、伝説のチャンピオンの前に「Friends Will Be Friends(心の絆)」を挟み、 さらにファンを歓喜させる展開となった。

作曲・作詞はギタリストのブライアン・メイ。 ある日、英国でのライブで、観客が曲と曲の間に地元のサッカーチームの応援歌を合唱していることに感銘を受けた。 「観客が自ら音を奏で、歌えるような曲を作りたい!」と思いから作曲したという。 映画「ボヘミアン・ラプソディ」では、メイがフレディにこの曲のアイデアを披露し、みんなで床を踏み始めるシーンが描かれている。(映画のシーン→

6枚目のアルバム「世界に捧ぐ(News Of The World)」に収録された。 「世界に捧ぐ」は、従来よりシンプルで明快なロックサウンドを追求した作品。 いわばロックの王道であり、とりわけアメリカ市場で大ヒットとした。 世界全体の販売枚数は1000万枚を超え、2019年2月現在、クイーンの全アルバムの中で最大の売れ行きとなっている。

この曲が加わったことで、 クイーンは世界の屋外スポーツ競技場で観客を熱狂させる。 最強のスタジアムバンドになった。
「ファット・ボトムド・ガールズ」
(Fat Bottomed Girls)

1978年10月 ファット・ボトムド・ガールズ

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→

歌唱:アダム・ランバート(2014年、来日公演/サマーソニック)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ジャズ」試聴(Amazon)→
痛快なロックンロール。 1970年代に流行したグラムロック風の歌。

「Fat Bottomed Girls」とは、お尻が大きい女の子という意味。 ある歌手が、胴回りが太い女性たちを讃えるという設定になっている。 作曲・作詞はブライアン・メイ。 2008年の雑誌インタビューでメイは「肉付きの良い女性あるいは男性を好むフレディ(マーキュリー)を念頭に置いてつくった」と語っている。 ヘテロセクシャル的な内容ながら、さわやかなコーラスとフレディの愛嬌のおかげで、微笑ましい印象を受ける。

7作目のアルバム「ジャズ」に収録。 その第一弾シングルとして、「バイシクル・レース」との両A面シングルとして発売された。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」では、 初めてのアメリカツアーで全米を駆け回っているシーンのバックに使われている。
「キラー・クイーン」
(Killer Queen)

1974年10月 キラー・クイーン

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
クイーンのシングルとして最初にヒットした曲。 イギリスで2位、アメリカで12位になった。 3枚目のアルバム「シアー・ハート・アタック」に収録されている。 半年前に発売された2枚目のアルバム「クイーン II」がイギリスで5位、日本でも26位まで上昇。 勢いに乗るなかでリリースされた本曲と「シアー・ハート・アタック」の成功により、世界的な人気バンドへと躍進した。

作曲・作詞はフレディ・マーキュリー。 上流階級出身の娼婦(コールガール)についての歌だという。 この娼婦はとてもリッチで、マリー・アントワネットのように「(庶民がパンが食べられないのなら)ケーキを食べればいい」と言い放っている、というような内容。

ブライアン・メイの美しく響くギターが前面に押し出されている。 1970年代前半に流行したイギリスのグラム・ロックの傑作として評価されている。

21世紀の米歌手ケイティ・ペリーはこの曲から多大な影響を受けたといい、 「15歳のときこの曲に出会い、音楽を発見し、ほんとうの自分になれた」と語っている。 また「フレディがこの曲で描いた女性はとても力強く、私のあこがれだった」とも述べている。
「タイ・ユア・マザー・ダウン」
(Tie your mother down)

1977年3月 タイ・ユア・マザー・ダウン

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「華麗なるレース」試聴(Amazon)→
クイーンのハードロック・バンドとしての側面が光る名曲。 歴代のシングルの中でも最もヘヴィーな曲とされる。 コンサートでも定番だった。

作曲・作詞はブライアン・メイ。 メイ自身にとっても長年にわたって強い思い入れを持ち続けている曲だとされる。 タイトルの意味は「あんたの母ちゃんをしばいちゃえ」。 恋人の両親に嫌われている男が、不平をぶちまける歌詞になっている。

5枚目のアルバム「華麗なるレース」に収録。 「Somebody to Love」に次ぐ2枚目のシングルとなった。 このアルバムは、前作の「オペラ座の夜」と比べてハードロック色が強めで、 それを象徴するかのように本作がオープニングを飾っている。 また、このアルバムは日本で洋楽ロックバンドとして異例の大ヒットを達成。オリコンチャート1位に輝いた。
「伝説のチャンピオン」
(We Are the Champions)

1977年10月 伝説のチャンピオン

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブエイド)→




【収録アルバム】
収録アルバム「世界に捧ぐ」試聴(Amazon)→
音楽史上、最も愛されいるている曲の一つ。 ソニーが2005年、全世界70万人の音楽ファンを対象に行ったアンケートで、 「史上最も好かれている歌」に選ばれた。 マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」、イーグルスの「ホテルカリフォルニア」、ビートルズの「イエスタデイ」などをおさえ、 堂々のトップ。

みんなで合唱しやすい歌。 スポーツの試合で、優勝したチーム(チャンピオン)を讃える際に使われることも多い。 シングル盤でB面となった「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と同様、コンサートでみんなで盛り上がれる曲として制作された。 作曲・作詞はフレディ・マーキュリー。 フレディのピアノソロが泣かせる。

クイーンのライブではクライマックスに使われていた。 間髪入れずにラストのイギリス国歌へと流れる展開は圧巻だった。

タイトルのWe Are the Championsは「俺たちは王者」という意味であり、 歌詞の中には「負け犬の出る幕はない」などの傲慢ともとれるフレーズがある。 ただ、全体的にみると、勝ち誇るというよりは、 勝利に向けて仲間とともに励ましあい、魂を鼓舞するような内容になっている。

この曲が発表された1977年は、 イギリス全土でパンクロック旋風が起きた年だった。 シンプルで粗々しいパンクに感化された人たちにとって、 多重な音に構築されたクイーンの音楽は「贅沢」と映った。 クイーンに対するバッシングのようなムードが出ていた。 こうしたなか、クイーンはパンクとは無縁な「伝説のチャンピオン」を送り出すことによって、 中傷派を一蹴。時代を超えた絶対的な強さを示した。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」では、ライブエイドの演奏シーンに登場する。 感動を呼ぶ見せ場の一つとなっている。
「愛という名の欲望」
(Crazy Little Thing Called Love)

1979年10月 愛という名の欲望

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブエイド)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ゲーム」試聴(Amazon)→
一度聞いたら忘れられないキャッチーな曲。 ロカビリー調で、エルビス・プレスリーのような懐かしいアメリカンロックを彷彿とさせる。 クイーンの曲の中では異色のサウンドだが、ファンにはとても好まれている。 フレディ・マーキュリーのセクシーな低音が魅力。 メンバー4人が皮ジャンスタイルで登場したミュージック・ビデオも好評だった。

作曲・作詞はフレディ。 ホテルの風呂場でアイデアが浮かび、 風呂上りにタオルを巻きながら、ギターを手に10分以内で書いたという。 ふだんはピアノで曲をつくっていたが、「知っているギターコードが少ないおかげで、かえってスラっと曲ができた」とか。 ライブでは、フレディが自らギターを弾く唯一の曲だった。

ライブエイドでも演奏され、 映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも収録されたものの、 カットされた。 ブルーレイ版の特典映像として収録されている。

この曲により、デビューから7年目にして初めて全米チャート1位を獲得した。 また、この曲を収録した8枚目のアルバム「ザ・ゲーム」も、アルバムとして初めて全米1位に輝いた。 同アルバムからは「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)」もシングルカットされ、 こちらも全米1位に。 アメリカでも不動の人気を手に入れた。
「マイ・ベスト・フレンド」
(You're My Best Friend)

1976年5月 マイ・ベスト・フレンド

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「オペラ座の夜」試聴(Amazon)→
穏やかで優しいバラード。「クイーンの曲の中で一番キュートな歌」との声も多い。 歌詞も「君がいるから生きていける」など、パートナーへの愛情をストレートに表現している。

作曲・作詞はベースのジョン・ディーコン。 バンドの中でいつも謙虚だったという彼が、自分の妻に捧げて書いた。 当時、電子ピアノを弾きながら曲を作るのがプロの間でも人気のスタイルになっており、 ディーコンは自らの曲のアイデアをもとに、 フレディ・マーキュリーに電子ピアノで演奏するよう頼んだ。 しかし、フレディは電子ピアノを嫌っていただめ、これを拒否。 ディーコンはやむを得ず電子ピアノを自宅に持ち帰り、弾き方をおぼえながら曲を仕上げたという。

アルバム「オペラ座の夜」に収録され、 「ボヘミアン・ラプソディ」の次にシングルカットされた。
10 「ストーン・コールド・クレイジー」
(Stone Cold Crazy)

1974年11月 ストーン・コールド・クレイジー

【動画】
公式動画→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
ヘヴィーメタル調の曲。 クイーンの楽曲の中で最もヘビーな曲の一つ。 速いテンポとギター音の歪み(ディストーション)が特徴。 ブライアン・メイのリフが光る。

ヘビメタのサブジャンルとして1970年代後半に台頭した「スピード・メタル」の走りとも言われている。 また、1980年代にメタリカなどのバンドによってブームとなる「スラッシュ・メタル」の先駆けともされる。 米の音楽専門「VH1」が2009年に選んだ史上最高のハードロック曲のランキングで38位になった。

フレディ・マーキュリーはクイーンが結成される前の1960年代の後半から、この曲の原型を演奏していたという。 クイーン結成後、メンバー全員で断続的に改良が加えられ、3枚目のアルバムに収録された。 シングルカットはされなかったが、ライブなどでファンに愛された。

最強のヘビメタバンドとされるメタリカが1990年にカバー。 バンドの代表曲となるシングル「エンター・サンドマン」のB面に収録された。

幅広い音楽ジャンルに業績を残したクイーンのすごさを示す曲の一つといえる。

トップ1011~20位21~25位26位以下ページの先頭↑

10位~20位

順位 曲名と発売年月 解説
11 「地獄へ道づれ」
(Another One Bites the Dust)

1980年8月 地獄へ道づれ

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ゲーム」試聴(Amazon)→
イントロのベースの音が強烈なインパクトを与える大ヒット曲。 寡黙で控えめなベーシスト、ジョン・ディーコンが作曲した。 クイーンとしては異色となる黒人音楽。ロックとファンクが融合し、ディスコ調の曲になっている。 時代潮流をスポンジのように吸収していったクイーンの真骨頂が発揮された。

クイーンのファンだったマイケル・ジャクソンがこの曲を気に入り、 シングルとしてリリースすることを強く勧めたという。 発売したところ、キャッチーなサウンドが大うけし、クイーン最大のヒット曲となった。 とりわけアメリカでは高い人気を集め、前年の「愛という名の欲望」(Crazy Little Thing Called Love)に続いて2度目の全米1位に。その後も長期間にわたって上位を維持した。 米ビルボード誌が2018年に集計した「歴代シングルチャート」では、堂々の史上43位にランクインした。

「Another One Bites the Dust」とは、「また一人倒れていく」という意味。 ギャングの復讐劇の世界のような歌詞の内容になっている。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも印象的な使われ方をしている。 フレディ・マーキュリーが他の2人のメンバー(ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー)とスタジオで激しい口論をしているとき、 横で黙っていたディーコンがこの曲のイントロのベース音を鳴らし始める。 口論がピタリと止まり、フレディが「You wrote that?...That's really good!(それ、あんたが書いたの?すげえいいよ!)」。 そのままボーカルをかぶせ、演奏シーンへと移っていく。
12 「レディオ・ガガ」
(Radio Ga Ga)

1984年1月 レディオ・ガガ

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブエイド)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ワークス」試聴(Amazon)→
テレビに主役の座を奪われたラジオの衰退を嘆き、その全盛時代を懐かしむ歌。 1980年代になって音楽専門テレビ局「MTV」が人気を集める一方で、 ラジオの存在感は低下しつつあった。 歌詞はラジオへの愛情とノスタルジーにあふれている。 独ナチス打倒を誓った英チャーチル首相のラジオ演説(1940年)を想起させる「You've yet to have your finest hour(絶頂期はまだこれから)」というフレーズも登場する。 作曲・作詞はドラムのロジャー・テイラー。 ポップが全盛を迎えた1980年代らしいサウンド。

世界19か国で1位に輝いた。 コンサートでは、サビの部分で観客が両手を高くあげ、頭上で2回クラップするのがお決まりになった。 ライブエイドでも「ボヘミアン・ラプソディ」に次ぐ2曲目に演奏され、最大の見せ場の一つとなった。 映画でもハイライトの一つとなっている。

歌手レディー・ガガの名前の由来となった曲としても知られている。
13 「ナウ・アイム・ヒア(誘惑のロックン・ロール)」
(Now I'm Here)

1975年1月 ナウ・アイム・ヒア(魅惑のロックン・ロール)

【動画】
動画(ライブ/1986年、英ウェンブリー)→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
直球のロックンロール。 スピード感にあふれている。 ブライアン・メイのハードなギター音が特徴。作曲・作詞もメイ。

ツアー中に重い肝炎を患い、 病院で治療を続けていたメイが、 スタジオに復帰した直後にレコーディングされた。 再び演奏できるようになった喜びや活力が満ち溢れたサウンドになっている。

初の大ヒットとなった「キラー・クイーン」の次のシングルとしてリリースされた。 クイーンのルーツが骨太のロックにあるという事実を示す曲といえる。

1974年から1986年の最後のスタジアムツアーまで、全てのライブで演奏された。 クイーンのコンサートの歴史の中で最も長く演奏され続けた曲となっている。
14 「アイ・ウォント・イット・オール」
(I Want It All)

1989年5月 アイ・ウォント・イット・オール

【動画】
公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ミラクル」試聴(Amazon)→
重厚なハードロック。 フレディ・マーキュリーがエイズの病魔を振り払うかのような迫力ある歌唱を見せている。 病気、パパラッチ、メディアの攻撃などと対峙しながら、メンバー4人が一つになって闘う姿を示した曲と受け止められている。

作曲・作詞は「クイーン」としてクレジットされているが、 実際にはブライアン・メイが書いた。 曲名やサビの「I want it all, and I want it now(すべて欲しいの。今すぐ欲しいの)」は、 メイの当時の不倫相手で、後に2人目の妻となる英女優アニータ・ギブソンがよく口にしていた言葉。 ギブソンの野心的な性格が、この曲のインスピレーションとなったという。

フレディの病状悪化により、クイーンは前年にコンサート活動を終了しており、この曲がフレディのボーカルによってライブ演奏されることはなかった。 しかし、ポール・ロジャースやアダム・ランバートら代役のボーカリストを起用したライブでは頻繁に演奏され、聴衆からも好評を得ている。

フレディが存命中に制作された中で最後から2作目となる「ザ・ミラクル」(1989年)に収録され、1枚目のシングルとなった。 このアルバムのジャケットは、メンバー4人の顔が一つになるイメージが表現されている。 作曲・作詞のクレジットを個人でなくバンド全員にするなど、グループとしての一体感が見て取れる。
15 「リヴ・フォーエヴァー」
(Who Wants to Live Forever)

1986年9月 リヴ・フォーエヴァー

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「カインド・オブ・マジック」試聴(Amazon)→
円熟期を迎えたフレディ・マーキュリーが、ドラマチックな歌いっぷりを見せる。 バンドのデビューから13年にして初めてオーケストラを起用。荘厳なバラードとなっている。

曲のテーマは「永遠の命」。 映画『ハイランダー 悪魔の戦士』(1986年)の挿入歌として作られた。 この映画の主人公は、永遠に生きることができる不死の戦士。 自分が年をとらないのに、恋人は普通の人間として老い、死んでいくのを悲しく見届けるシーンで使われている。

作曲・作詞はブライアン・メイが担当。 曲作りにあたって完成前の映画を鑑賞したメイは、 当時、父親の死や離婚などの悲しみに直面しており、 主人公の心理にすぐさま共感できたという。 そして、帰りのの中で曲がほとんどできあがり、「Who Wants to Live Forever?(だれが永遠に生きたいの?)」と口ずさんでいた。

偶然にも、 この曲が発表されるのと同じころ、 フレディは不治の病を自覚するようになったと言わている。 映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも、 余命宣告のようなシーンで流れる。

12作目のアルバム「カインド・オブ・マジック」に収録された。 クイーンが伝説的なパフォーマンスを見せた「ライブエイド」の直後につくられたアルバムであり、 バンドの結束力の回復と勢いを感じさせる。 この新作をひっさげて、クイーンはこれまた伝説となる最後のコンサートツアー(「マジック・ツアー」)に出ることになる。
16 「ブライトン・ロック」
(Brighton Rock)

1974年11月 ブライトン・ロック

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
ブライアン・メイのギターの独演で聴かせるロックンロール。 日本の三味線のような音を発していることでも有名。 ハードながら華麗な曲調で、 世界的な出世作となったアルバム「シアー・ハート・アタック」の鮮やかなオープニングを飾る。

作曲・作詞はブライアン・メイ。 2枚目のアルバム「クイーンII」の制作中に作曲されたが、 他の曲とマッチしないとの理由から見送られ、 次作のために温存された。

シングルカットはされなかった。 ライブで好評を博し、武道館などでの来日コンサートでは中盤で演奏されていた。

ブライトンとはイギリス有数の観光地。 当時、英国で流行した「モッズ」のメッカで、若者が休みの日に遊びに行く場所だった。 歌詞では、そんな男女のちょっとした恋話を描写。 フレディ・マーキュリーが裏声を使って切なくもコミカルに唄いあげる。
17 「炎のロックンロール」
(Keep Yourself Alive)

1973年7月 炎のロックンロール

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「戦慄の王女」試聴(Amazon)→
すべてはこの曲から始まった。 記念すべきデビュー曲であり、 デビューアルバム「戦慄の王女」の冒頭を飾る。

ドライヴ感あふれるブライアン・メイのギター・リフでスタート。 メイが開発し、後に一般名詞となる重ね録り技法「ギター・オーケストレーション」が早くも炸裂する。 オペラ風のハーモニー、怒涛のごとく押しまくるフレディのボーカル、ロジャー・テイラーのドラムソロなど、 まだ荒削りながらバンドの魅力が凝縮されている。

作詞・作曲はメイ。 歌詞が伝えるメッセージは「お金持ちや有名人になることより、とにかく生きることが大事だ」。 そのためにも「自分らしさを殺すな」と説く。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」では、 クイーンの前進のアマチュア・バンド「スマイル」にフレディが加入して最初にライブ演奏した曲として描かれている。
18 「愛にすべてを」
(Somebody to Love)

1976年11月 愛にすべてを

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「華麗なるレース」試聴(Amazon)→
毎日働きづくめで疲れ果てているシングル(独身)の人物が、 「誰か、愛すべき人を見つけてくれないか」と懇願する歌。 語り掛ける相手は神であり、 信仰を持って頑張る労働者の日常の悲哀が映し出されている。 曲もゴスペル調になっている。 曲の最後では、負けないことを決意する。

クイーンが得意とする重層的なコーラスが心に響く。 この前年に発表された「ボヘミアン・ラプソディ」のようなオペラ的なコーラスでなく、 ゴスペル調のコーラスになっており、高揚感にあふれる。 コーラスは、フレディ・マーキュリー、ロジャー・テイラー、ブライアン・メイの3名による。 コーラスを追いかけるように始まるフレディのピアノも繊細で、涙をさそう。

作曲・作詞はフレディ。 フレディが大好きだったアレサ・フランクリンから影響を受けて書いたとされる。 フレディ自身が最も好きな曲だったとも言われる。
19 「輝ける7つの海」
(Seven Seas of Rhye)

1974年2月 輝ける7つの海

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「クイーン II」試聴(Amazon)→
2枚目のアルバムからの唯一のシングル。 母国イギリスで10位まで上昇し、 シングル・チャートで初めてのランクインとなった。 この曲のヒットにより、 フレディ・マーキュリーは屋台でのアルバイトをやめて音楽に専念する決意ができたという。

発売する前、英BBCテレビの人気音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演し、 この曲を披露(動画→)した。 これが、ヒットに大きく貢献した。 当初出演する予定だったデビッド・ボウイのドタキャンによって回ってきたチャンスだった。 クイーンは当時、音楽メディアや評論家からは無視されていたが、 評論家筋よりも一般の音楽ファンの心を先に掴むというクイーンの成功パターンがここで生まれた。

イントロのフレディによる美しいピアノ演奏が強烈な印象を与える。 そこに、ドラマチックなギターの音がかぶさっていく。 爽快かつ荘重(そうちょう)なハードロック/パンクソングになっている。 フレディ存命中の最後の世界ツアーまで、 定番曲として演奏された。

作詞・作曲はフレディ。 曲名の「Rhye(ライ)」とは、フレディが幼少時代に夢想したというファンタジーの世界に存在する王国。 このライ王国の王様が自らの世界観を語る、というような内容になっている。( 安慶名毅
20 「夜の天使」
(Need Your Loving Tonight)

1980年11月 夜の天使

【動画】
公式ビデオ→

動画(ライブ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ゲーム」試聴(Amazon)→
ポップなロックソング。 ベーシックな音で、まるでガレージで演奏したかのような雰囲気がある。 1960年代ビートルズのメロディを彷彿させ、懐かしさが漂う。

作曲・作詞は、ジョン・ディーコン。 やさしい曲調と歌詞にディーコンらしさが溢れている。 ディーコンはアコースティック・ギターの演奏も担当した。

世界的に大ヒットしたアルバム「ザ・ゲーム」からの5枚目のシングル。 前のシングル「地獄へ道づれ」が全米1位に輝き、 バンドの人気がピークに達するなかでリリースされた。

トップ1011~20位21~25位26位以下ページの先頭↑

21~25位

順位 曲名と発売年月 解説
21 「39」

1976年5月

【動画】
公式ビデオ→

非公式ビデオ→

ライブ→




【収録アルバム】
収録アルバム「オペラ座の夜」試聴(Amazon)→
フォーク調の歌。 作曲・作詞をしたブライアン・メイが、珍しくメインのボーカルを担当している。 間奏でのフレディとロジャー・テイラーを交えたコーラスが美しい。 メイの静かなフォークギターの音色も哀愁を誘う。

宇宙旅行に出かけた男性が1年後に地球に戻ってきたら、 百年の年月が経っていたというSF的なストーリー。 アインシュタインの相対線理論がテーマとなっており、 宇宙物理学専攻のメイらしい歌詞。 曲名の「39」は、クイーンの39番目の曲という理由で付けられたが、歌詞の中では未来の年(西暦XX39年)の意味で使われている。

1970年代のクイーンのライブの定番だった。 ステージの前のほうにメンバー4人が横一列に並び、仲良さそうに演奏する。 観客がそれにあわせて合唱するというパターンがよく見られた。
22 「ドント・ストップ・ミー・ナウ」
(Don't Stop Me Now)

1979年

【動画】
公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「ジャズ」試聴(Amazon)→
とびきり陽気でアップテンポなパーティソング。 映画「ボヘミアン・ラプソディ」で、感動的なラストシーンの直後のエンドロール(エンドクレジット)で使われている。 画面に表示されるナレーションの文字や写真とともに、観客の涙を誘う。

曲の冒頭はスローなテンポで始まり、フレディの伸びやかで透明感のある独唱で心をつかむ。 そこから一気にスピーディになり、疾走感とともに駆け抜ける。

作詞・作曲はフレディ・マーキュリー。歌詞には「僕を止めないで!爆発寸前なんだ」などフレディらしいフレーズが満ちている。

日本で頻繁にテレビCMに使用されてきた(キリン、ダイハツ、コスモ石油など)。 このため、一般の知名度がたいへん高い曲になっている。
23 「ハマー・トゥ・フォール」
(Hammer to Fall)

1984年10月

【動画】
動画(ライブエイド)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ワークス」試聴(Amazon)→
初期のクイーンを想起させるハードなロック。 ディスコサウンドを大胆に取り入れた前のアルバム「ホットスペース」の評価が芳しくなったクイーンが、 再びロックンロール・バンドとしての存在感を示す曲となった。 ライブエイドで3曲目に演奏した。

作曲・作詞は、ブライアン・メイ。 アメリカとソ連(現ロシア)による冷戦が歌詞のテーマだと解釈されている。
24 「神々の業(わざ)」
(In the Lap of the Gods)

1974年11月

【動画】
歌詞ビデオ→

「Revisited(リプライズ)」の歌詞ビデオ→

「Revisited(リプライズ)」のライブ動画(1986年)→

「Revisited(リプライズ)」のライブ画(1975年)→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
荘厳さにあふれる曲。3枚目のアルバム「シアー・ハート・アタック」収録されたが、シングルにはならなかった。 悪魔的な世界をイメージさせるおどろおどろしいコーラス及びボーカルから、 甘美なメロディーへと展開する。 オペラ的な雰囲気もあり、次のアルバムに収録された「ボヘミアン・ラプソディ」の序章ともいえる。

同じアルバムには姉妹曲「神々の業~リプライズ(In The Lap Of The Gods Revisited)」が収録されている。 一般的にはこちらのほうが有名。ライブでは、この「リプライズ」を聴衆がみんなで合唱することが多かった。 ドラマチックで美しい曲。

いずれのバージョンもシングルカットはされなかった。
25 「テニメント・ファンスター」
(Tenement Funster)

1974年11月

【動画】
歌詞ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「シアー・ハート・アタック」試聴(Amazon)→
ロジャー・テイラーがボーカルを務める。 渋いハードロック。 作曲・作詞もロジャーが手がけた。

3枚目のアルバム「シアー・ハート・アタック」収録されている。 曲名は「アパート暮らしのオモロイ奴」という意味。 前作のアルバムが母国イギリスで5位になるなど、 それなりの成功をつかんだにもかかわらず、 クイーンの4人は十分なギャラがもらえず、 貧しいアパート暮らしを続けていた。 そんな状況に腹を立てながらも、やや自嘲気味に歌った曲と解釈されている。

シングル発売はされなかった。

26位以下

順位 曲名と発売年月 解説
26 「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」
(Love Of My Life)

1975年11月

【動画】
動画(ライブ)→

歌詞付き→




【収録アルバム】
収録アルバム「オペラ座の夜」試聴(Amazon)→
クイーンの代表的なバラードの一つ。 ひときわ美しい曲として愛され続けている。 ハープやピアノの音色、そして切ない歌声が心にしみる。

ライブでは、フレディが歌うのを止めて、観客の大合唱になるのが定番となっている。 どの国でもファンはこの曲の歌詞を覚えていて、フレディもそのことにいつも感動していたという。
27 「ショウ・マスト・ゴー・オン」
(The Show Must Go On)

1991年10月

【動画】
公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「イニュエンドウ」の試聴(Amazon)→
フレディが存命中にリリースされた最後のシングル。 最後のアルバム「イニュエンドウ」の最後を飾っている。

「何があっても舞台は続けなければならない」(The Show Must Go On)というエンターテイナーの宿命を歌った曲。 エイズによる死期が迫っていたフレディ、そして他のメンバーが、燃え尽きるまでパフォーマンスを続けるという覚悟を示した曲として受け止められている。

ドラマチックな歌いっぷりは、フレディのボーカルの集大成とも言われる。 作曲を担当したブライアン・メイはフレディの歌唱の中でも最高傑作の一つと評している。 米ローリングストーン誌が2014年に行った読者投票では8位にランクインしている。
28 「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」
(I Was Born To Love You)

1985年4月

【動画】
公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「メイド・イン・ヘヴン」の試聴(Amazon)→

収録アルバム「ジュエルズ」の試聴(Amazon)→
聴く人にパワーを与えるラブソング。 フレディがのびのびと愛のメッセージを伝える。

もともとは、フレディのソロの曲。1985年にリリースされ、ソロ作品として最も成功した。 フレディ死去から4年後の1995年、他の3人のメンバーの演奏を加えて、クイーンとしてのバージョンが制作された。 ソロの原曲よりもロック色が強くなった。 メンバーそれぞれの一番良い部分を引き出した力作として、ファンに好意的に受け止められた。 フレディが残した音源を活用して作られたアルバム「メイド・イン・ヘヴン」に収録された。

日本では2004年、木村拓哉主演のドラマ「プライド」の主題歌に、クイーンのバージョンが採用された。 CMにも使われ、日本で超有名な曲となる。 このドラマはクイーンの名曲を全面的にBGMとして使用しており、これがきっかけに日本でクイーンブームが再燃。 日本独自のベスト盤「ジュエルズ」が170万枚売れるメガヒットになった。
29 「バイシクル・レース」
(Bicycle Race)

1978年10月

【動画】
公式ビデオ→

動画(音のみ)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ジャズ」試聴(Amazon)→
ひたすら「自転車に乗りたい」と連呼する歌。 「ファット・ボトム・ガールズ」との両A面として発売された。 クイーンらしい実験的な面のあるロック。

遊び心に満ちている。1曲の中に異なるメロディやテンポの曲を混ぜ込ませている。 ボヘミアン・ラプソディなどでも見られた「オペラ的構成」の曲は、 本作が最後と言われている。
30 「イニュエンドウ」
(Innuendo)

1991年1月

【動画】
公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「イニュエンドウ」の試聴(Amazon)→
フレディ最後のアルバムのタイトル曲。 フレディの悲痛ながら力強いボーカルと、 重厚な演奏、鮮やかなコーラス。 劇的な展開を見せるクラシックのようなロックナンバーとなっている。 フラメンコ・ギターも見事なアクセントとなっている。

Innuendoは英語で「当て擦り」や「風刺」を意味する。
31 「ブレイク・フリー (自由への旅立ち)」
(I Want to Break Free)

1984年4月

【動画】
動画(ライブ)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「ザ・ワークス」試聴(Amazon)→
ベーシストのジョン・ディーコンが作曲・作詞を手掛けた。 女性が自由や平等を求める「女性解放運動(ウーマン・リブ)」について、 ディーコンが応援する立場で書いた。

アルバム『ザ・ワークス』に収録され、 「レディオ・ガガ」に次ぐシングルとなった。 とりわけヨーロッパで大ヒットを果たし、 オランダ、ベルギー、ポルトガルなどで1位に輝いた。 イギリスでも3位。

南アフリカ共和国でも大流行し、 年間チャートで3位になった。 南アフリカは当時、黒人を隔離する「アパルトヘイト」制度を存続させていた。 これと戦う黒人たちは、後にこの曲をテーマ曲の一つとして掲げたという。 また、軍事政権が多かった南米でも、自由を求める民衆の歌として演奏された。

メンバー4人が女装した公式ビデオが有名。 当時のアメリカでは女装に反発する声も出て、 MTVで放送禁止になった。

クイーンのライブで定番の一つになった。 ライブでは、原曲よりもアップテンポなロック調で演奏された。
32 「懐かしのラヴァー・ボーイ」
(Good Old Fashioned Lover Boy)

1977年5月

【動画】
動画(歌詞付き)→




【収録アルバム】
収録アルバム「華麗なるレース」試聴(Amazon)→
「ラグタイム」と呼ばれるアメリカの19世紀末の大衆ピアノ音楽の影響を受けている。 ノスタルジックな酒場のムードが漂う。

フレディ・マーキュリーが作曲し、ピアノを弾いている。 フレディが最初に真剣交際した男性とされるデビッド・ミンズ(レコード会社の幹部)についての歌だとされる。
33 「マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン」
(The March of The Black Queen)

1974年3月(収録アルバムの発売日)

【動画】
動画(歌詞付き)→




【収録アルバム】
収録アルバム「クイーン II」試聴(Amazon)→
ドラマチックな大作。6分30秒を超える長さ。 5つの異なる楽章で構成されている。 コーラス、ギター、ピアノが複雑に絡み合いながら疾走する。 「ボヘミアン・ラプソディ」の原型とも呼ばれている。

シングル発売はされていない。 ベスト盤やライブ盤にも収録されていない。 このため、一般にはあまり知られていないが、 往年のコアなクイーンファンの間では熱烈な支持を得ている。
34 「ワン・ヴィジョン ~ひとつだけの世界~」
(One Vision)

1985年11月

【動画】
動画(ライブ)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「カインド・オブ・マジック」試聴(Amazon)→
メンバー全員で共作した曲。 希望に満ちた一つのビジョン、 争いのない一つの世界への4人の願望が込められている。

フレディーの最後のツアーとなった伝説の「マジック・ツアー」のオープニングを飾った。 冒頭のイントロから印象的な「ジャージャ」というギター・リフに切り替わる。 その瞬間、巨大スタジアムにスイッチが入った。

チャリティーコンサート「ライブ・エイド」の大成功で自信を取り戻したクイーンが、 さらに飛躍を果たすべくスタートダッシュを切る象徴のような曲である。 ハードかつメロディアスなクイーンらしい魅力が光る。

最後にフレディが「フライド・チキン」と言って終わる。
35 「カインド・オブ・マジック」
(A Kind of Magic)

1986年3月

【動画】
動画(ライブ、英ウェンブリー)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「カインド・オブ・マジック」試聴(Amazon)→
心地よいポップソング。1980年代らしさが出ている。 アルバム『カインド・オブ・マジック』から、「ワン・ヴィジョン ~ひとつだけの世界~」に次ぐ第2弾シングルとして発売された。 このアルバムは、映画「ハイランダー 悪魔の戦士」のサウンドトラックとして制作された。 本曲は映画のエンディングに使われた。

歌詞は映画の筋書きを読んだロジャー・テイラーが、ストーリーに則した内容で書き上げた。 「ワン・ヴィジョン」「カインド・オブ・マジック」と、アルバムから最初のシングルが立て続けにロジャーの曲となった。 これは、ロジャーの作曲家・作詞家(ソングライター)としての成長ぶりを示した。

イギリスで3位、スペインで1位、スイスで3位、フランスで5位になるなど、 欧州の幅広い地域でヒットした。(渕側友晴
36 「オウガ・バトル」
(Ogre Battle)

1974年3月

【動画】
動画(ライブ、1974年)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「クイーン2」試聴(Amazon)→
1980年代のヘヴィメタルを先取りしたような曲。 クイーンの作品の中でも最もヘヴィな曲の一つ。 デビューからクイーンを追いかけてきた熱心なファンの中には、 この曲を「最高傑作」とする人も少なくない。

テープの逆回転によるイントロ。 けたたましい裏声のコーラス、 重厚で凝った音色のギター・リフ。 多重録音を駆使して、 他のバンドならもったいぶって十数分かけて展開しそうな大量のアイデアを、 惜しげもなく数分間に集中投下。 音楽ファンに衝撃を与えた。
37 「ムスターファ」
(Mustapha)

1979年

【動画】
公式ビデオ→

東京公演(1981年)→




【収録アルバム】
収録アルバム「ジャズ」試聴(Amazon)→
中東のアラブ風のロック。 イスラム教徒のお祈りのような声から始まる。 エキゾチックなメロディや、 笛のようなギターが独特の雰囲気を放つ。

作曲・作詞はフレディ・マーキュリー。 フレディの両親はインド出身であり、 フレディも幼少期をインドで過ごした。 そんな東洋のルーツを感じさせる。

7枚目のアルバム「ジャズ」の冒頭を飾る。 ドイツ、スペイン、ユーゴスラビア、さらに、南米ボリビアでシングルとして発売された。
38 「フェアリー・フェラーの神技」
(The Fairy Feller's Master-Stroke)

1974年

【動画】
動画(1974年)→

公式ビデオ→




【収録アルバム】
収録アルバム「クイーン2」試聴(Amazon)→
作曲・作詞はフレディ・マーキュリー。 19世紀のイギリスの画家リチャード・ダッドの絵画に触発されて、書いたという。 その絵の題名「The Fairy Feller's Master-Stroke(お伽の樵の入神の一撃)」がそのまま曲名になっている。 絵の画像はこちら→

この絵は、父親を殺したダッドが精神病院に収容されている間に、9年かけてつくった。 妖精の男が胡桃(くるみ)を割る場面が描かれている。 フレディの歌詞は、この絵の登場人物らを描写する内容になっている。

アルバム「クイーンII」のに収録されている。 B面(いわゆる「サイド・ブラック」)のロック・メドレーの2曲目。 繊細で緻密。かつダイナミック。 3分弱の短い曲だが、息もつかせぬ展開で圧倒する。
39 「ライアー」
(Liar)

1974年7月

【動画】
公式動画→




【収録アルバム】
収録アルバム「戦慄の王女」試聴(Amazon)→
6分半の大作。デビューアルバム「戦慄の王女」のB面の1曲目を飾り、強烈なインパクトを与えた。

組曲のように目まぐるしく展開する構成が特徴。 懺悔から始まる歌詞もあいまって、「ボヘミアン・ラプソディ」の予兆を感じさせる。 初期のクイーンらしいハードな曲調ながら、「ライアー!(嘘つき)」と連呼するコーラスも印象的。

デビューアルバム「戦慄の王女」は、4人のメンバーが、クイーン結成前の曲を持ち込んで制作された。 本曲はもともとフレディ・マーキュリーの作品で、それを4人共同で作り上げたという。

アメリカでシングルカットされた。 ライブでは1977年ごろから演奏された。とても盛り上がる曲の一つだった。 (牛田

トップ1011~20位21~25位26位以下ページの先頭↑

【出典/参考】
ビルボード(英語)
・著書「クイーン~伝説のチャンピオン